【小説】あの春の向こうへ

あの春の向こうへ   円山すばる

 十一月の末、日曜日の昼下がり。個人事業主の私に定められし休みはない。
 今日も私は実家の自室で仕事をする。職業は……カッコいい言い方をすれば文筆業。寂しい言い方をすれば、売れない作家だ。
 土曜日の夜中に飛んできた取引先からのメールに返信するため、私はキーボードを叩いていた。原稿を書くためにも叩く必要があった。メカニカルキーボード(青軸)をガチャガチャと叩き続けて二時間。集中力が切れてふと喉の渇きに気づいた。
 ああいけない。水分を取りなさいってお母さんに言われてるのに。机の奥の定位置にあるマグカップに手を伸ばした。その時、乱雑に散らかった私のデスクの上の荷物に肘が当たってしまい、愛用の卓上カレンダーが床に落ちてしまった。……ああもう。しょうがないなあとそれを拾い上げる。何気なく見ると、一年のうちの三か月分の暦を一気に見ることが出来るそのカレンダーが、過ぎ去った月を露わにしていた。いつもは最新の十一月と十二月の暦だけが見えているはずなのに、床に落ちたそれの頁は過去にめくられ、今は今年の初め、過ぎ去った一月と二月と三月を示している。
 途端、私はどうしようもない気持ちに襲われてしまった。胸が締め付けられるような痛みが走る。それからもうどうしようもないタイプの過去を思い出す、苦々しい思い出や後悔が蘇る。さらにそのカレンダーの三月のとある日に記された見慣れた己の筆跡に心をかき乱された。
『先輩と約束、13:00~』
 仕事の忙しさで忘れかけていたあの春のことが蘇ってくる。思い出になり損ねた、きっとこれからも消えてくれない、あの日のこと。
 吹き込んできた風が、デスクの上のメモ用紙を持ち上げた。今まで必死に取り組んできたタスクなどあのことに比べたら些末な事のように思えた。
 先輩、あなたは、春の向こうへたどりつけましたか。
 仕事の手は完全に止まってしまった。自室の仕事用の椅子に座っていた私は、集中力を完全に失って、そのまま立ち上がり階段を下りてキッチンに行った。しかし、何をするでもなくまたふらふらとデスクの前まで戻ってきてしまった。
 自室のデスクを見ると、先輩が何度も注意して整えようとしてくれて、結局整わなかった机の上に十一月の弱弱しい日光が落ちて木漏れ日を作っていた。外に、行きたいと思った。
 もう仕事なんてできなかった。私は服を整え、休憩をしてくると家族に言ってから、実家の玄関の外へ出た。
 先輩は、春のような人だった。
 私は彼と高校の演劇部で知り合った。学年は一年違う。私は作家になるという夢があったが、先輩は役者志望で、とても熱心に演劇に打ち込んでいた。彼はいつだって真面目で、抜けているようでしっかりとしていて、それでいて温かみのある人間的魅力にあふれた人だった。きっと、良い役者になっただろう。
 当時の私は新人賞に応募したり、インターネット投稿サイトに投稿している作家志望で、高校演劇がしたくて演劇部に入部したわけではなかった。我が母校に文芸系が無かったから、仕方なくそういうことが出来そうな部に入部した。演劇の脚本を書こうという魂胆を持っていたのだった。しかし先輩はそんなことはお見通しだった。私が脚本を書きたいと言うまでもなくそれは見破られ、『うちの高校には文芸部も漫研もないからね。』と彼は言い、それがいつのまにか会話のきっかけになり、ウマがあった私たちは自然とつるむ様になった。
 あれから、何年? 何か月? 経っただろう。河原の遊歩道に行こうと思って通りがかる道すがら、団地の広報掲示板が目に入った。そこに掲示されていた町内会の催し物のカレンダーに踊る小さな日付の数字が見えた。一度気になるともうだめ。今日はそういう日らしい。私はそれからそっと目をそらすが、カレンダーが示す過ぎ去った時はまるで目と心にこびりつくようだった。
 先輩は高校を卒業してすぐに、『ネットの知り合いに誘われたから劇団員になる』と言って東京に旅立っていった。私は見送れなかったが、こちらはこちらで忙しくしていた。高校在学中にインターネットから応募した文芸作品が有難いことに出版社の編集の人の目に留まって、細々とだが文筆の仕事を貰えるようになったのだ。卒業後は実家で暮らしながらも数本の作品を制作し、原稿料を貰うなどした。
 そんな風に暮らしていたさなか、今年の一月に先輩から私の携帯端末へ、久しぶりにメッセージが飛んできた。内容は『三月に地元に行く用事があるから久しぶりに会わないか』という同窓会みたいなお茶のお誘いだった。私は喜んで返事を返した。じゃあ三月の初めに喫茶店で。いつも学校の終わりによく格好つけてコーヒーをすすって、熱い議論を交わしていたあの行きつけの喫茶店で会いましょう。
 あの時は純粋に先輩に会えるのが楽しみだ。そういう気持ちしかなかった。だが、今なら先輩がどうして二か月も先の予定を立てたのかがわかる。先輩はきっと……いや……、わからない。私にはやっぱり、先輩の気持ちはわからない……。
 先輩は春の向こうにいってしまった。繊細な彼は桜に追い立てられて消えてしまった。
 私は家の近くにある河川の土手にある遊歩道をとぼとぼと歩く。今日の気温は春のようで、風吹くもコートを着るまでもなくあたたかである。まるで冬など一生来ないとでも言いたげな気候だ。
 あの三月の日も今日みたいに暖かだった。私たちは喫茶店の前で1年何か月かぶりに再会した。
 しかし私は驚いた。先輩から発せられる違和感は異様だった。はじめ、先輩があの優しかった私の知る先輩であると分からなかったくらいだった。戸惑ってしまった。この違和感をたとえるなら、海外旅行やホームステイに行った友人が見知らぬ土地の人に影響されて変わったような感じだ。しかし彼は、都会にもまれて明るくなったわけでも、爽やかになったわけでも、はきはき喋るようになったわけでもないようだった。先輩は何かに怯えていた。精彩を欠いた瞳には憂いがあって不安げだった。私が知っている、思い出の中にずっといた優しい先輩とは明らかに……悪い方向に様子が変わってしまっていた。
「せんぱい、どうしたんですか……?」
余談だが、私の声には特徴がある。私は生まれながらにして声が高く活舌が悪い。言葉が何でも丸くなってしまうのだ。例えば私が確たる言葉なんか言っても何も様にならないし格好もつかなかったりする。そんな声質に産まれた。まるで子供のような声をしているとよく言われたりもする。それがずっとコンプレックスだった。
 特に「せ」という平仮名が上手く発音できなかった。子供の頃はよく教師たちに『「しぇんしぇい」じゃなくて「先生」って言いなさい!』とか怒られたり、同級生には『しぇんぱい』じゃなくて『先輩』でしょ、とか、散々からかわれた。思えばそういったコンプレックスにまみれた経験が私のこの文筆業に味を与えているのかも知れない。しかし、私はそういった自分の活舌の癖や声質がとても嫌いだった。
 しかし、先輩は私のこの声を素直に、うらやましいよ、と言ってくれた。個性があるし、聞くと安心するんだと、そうほめてくれた。先輩が初めてそういうことを言ってくれた人だった。嬉しかった。だから私は、先輩のことを呼ぶときだけは一生懸命『しぇんぱい』にならないように注意深く発音した。今も『先輩』にはならないけれど、『せんぱい』くらいにはなったと思う。
 だからその日、私は久しぶりに『せんぱい』が口から出てきたことにとても安心した。
 それでも喫茶店の前で「ああ……久しぶり。」と静かに挨拶してくれた先輩の様子は明らかにおかしくて、不安になった。
 いつだって身だしなみに気を遣っていて、いつだっていい香りがしていて、いつだって清潔にしていた先輩が、どうしてこうなってしまったのか理解できなかった。
 私が戸惑っていると先輩は微笑んだ。彼の背後で、桜が散った。
「劇団でやる劇の役作りをしてるんだ。リアリティあるでしょ?」
ああ……そっか。なるほど。桜が吹き散っていく中、私は素直に納得して、なーんだと笑った。そっか、劇団の……。でも先輩、それでもお風呂くらいはいらなきゃだめですよ! 私はそんなことをドアを開けながら言ったと思う。返答はなかった。喫茶店に入っても先輩は微笑んでいるばかりだった。
 先輩はブレンドコーヒーを一杯だけ頼んだ。私たちは互いの近況報告をした。だが、期待していたのに不思議なくらい先輩から東京の話は出てこなかった。先輩はむしろ私が最近どうしているか聞きたがっていた。私は調子に乗った子供であったので、本のページを捲るように延々とペラペラと、絵に描いた餅のように薄い仕事の話とか展望とかを語った。先輩はそれでも……にこやかに私のくだらない話を聞いてくれていた。
「せんぱいは、今度どんな劇をするんですか?」
「うん……? うん……チェーホフのね、櫻の園っていう作品の劇をやるよ。」
先輩は口元に笑みを浮かべてはいたが伏し目がちな目をしている。一杯のコーヒーを先輩は大切に飲んでいた。私はのんきに、随分古いというか、古典の劇をやるんだなあ。と考えた。ふと、先輩は財布を取り出した。高校在学中で見かけていたものと同じ財布だったが、しかしあの頃よりも薄く、明らかにボロボロになっていた。
「ちょっと、散歩でもしない? 少し地元を歩きたいんだ。」
はい、私は素直に立ち上がった。先輩が支払いを二人分しようとするのを慌てて止めた。
「だめですよ、せんぱい! うれしいですけど!」
「格好つけさせてよ。」
「そのお金はせんぱいのために使ってください。」
先輩は暫くレジ前で黙り込み、それから……うん。とだけ言った。お会計は割り勘にしてもらって、私たちは店の外へ出た。
 私たちはあの日も、この場所、この河原の遊歩道を歩いた。先輩はとぼとぼと、私はてくてくと道を行った。今は寂しいこの河川敷の木も、あの日は豪勢に花を咲かせていて、桜がざんざんばらばら散っていた。木が花びらの雨を降らせているみたいだった。
 歩きながら、私たちはくだらない話をした。アイツは今どうしてるとか、あそこの空き地にはファミレスができたとか。そういった話を昔のように、純粋に笑いあった。まるで、学生時代に戻ったようで本当に楽しかった。
 ふと、桜の木の下で先輩が立ち止まった。やっと散っている花びらたちに気づいたとでもいうような仕草で空に手を伸ばす。
「ああ……こっちは咲くのも早いから……散るのも早いのか……。」
そう言った先輩の横顔は美しかった。その横顔を私は一生忘れないだろう。忘れられないだろう。それはそれは奇麗だったのだ。私は心をぎゅっと掴まれたような気持ちになって、先輩と出会わなければよかったとなぜかそう思った。出会わなければ、別れの苦しみも無いのだと感じた。それは私にとっては未知の、不思議な感覚だった。
「……どうしたの?」
「……せんぱい、私の本が出たら、買ってくれますか。」
答えに窮して私が言ったわけのわからぬ質問。それに先輩は何も言わなかった。ただうつむいていた。それでも私から逃げ出したりしなかった。私の涙を、見ないふりをしてくれていた。私は苦しくなるようなその苦い幸福をかみしめる。
 見た目が変わっちゃっても先輩は良い人だ。そう思った。
「じゃあ、そろそろ、僕は実家に行かないと。」
河原の土手の遊歩道から降り、私たちは通学でいつも通っていた通学路の道路に降りて行った。お互いの家に向かう分かれ道にやってきても、私はまだ落ち込んでいた。けれど、別れを言わなければいけないことも理解していた。私は、たとえ誘われても東京に行くことはできない。家族も生活も猫も居るから。いや、違う。そういう気概がないのだ、単に。
「せんぱい……さよなら……っすね。」
私はそういうことを絞り出して顔を上げた。ふと、先輩が私の方にそっと手をのばしかけていたのが見えた。その手は結局私に触れなかったが、しかし確かに暖かかった。私には実際にそう感じられた。言葉にできない想いに呑み込まれそうになる私に先輩は微笑んでくれた。
「ああ、さよなら……元気でね。」
 先輩はやさしく手を下ろし、私に背中を向け、その手をひらひら振った。
 胸の中に温かい気持ちと切ない気持ちが充満する。私は、いつまでも先輩の背中を見つめていた。先輩の背中を見送っていた。先輩が見えなくなるまで。

 東京で、先輩が亡くなったらしい。同窓生からそういう内容の電話が来たのは、その日の先輩との別れから約一週間ほど後だった。その電話がかかってきた時、私はどうしたんだろう。それを知らされた時、いったい何を言ったんだろう。よく覚えていない。何も思い出せない。
 先輩のお葬式は三月の半ばにしめやかに執り行われた。先輩の亡骸を見て周りの人たちが涙する中、私は、ぼんやり馬鹿みたいに突っ立っていた。
 通夜が終わった後、演劇部のOB一同で立ちよったファミレスで先輩の死の真実を聞かされた。
 先輩が上京した先で騙されて借金を負わされてしまったこと、そのお金を返すために酷い会社に入社してしまったこと、その会社でも結果的に騙されて職も家すらも失ってしまったこと、そして最終的に一人で亡くなってしまったこと。
 事情通の人の口からはいろんな話が出て来た。東京から家族を頼りに一度戻ってきたらしいが、元々家族の反対を押し切って夢を追いかけようとしたのだからと追い返され、先輩は東京に戻ったのだとか、ご家族がそのせいで憔悴していたのだとか……そういう、色々な話が。
 ただただ、現実感が無かった。現実感が無さ過ぎて涙さえ出なかった。私は確かにお棺の中の、きれいにしてもらった先輩の顔を見た。それも未だにその先輩が、本物なんだと、これが現実なのだと思えなくて。だんだん、ファミレスのテーブルと椅子から自分の足の感覚が消えていって、世界の音が周囲からなくなっていった。私はドリンクバーで淹れたコーヒーにひじを突っ込みそうになってそして我に返った。
 周囲の人たちはみんな優しかった。そうだよね、先輩と仲良かったもんね。家族を呼んだ方がいいよ。迎えに来てもらいなよ。そう、助言してくれ気を遣ってくれた。家に電話をしたら父さんがすぐに迎えに来てくれた。私は無力で、何もできない……私はその時やっと、自分が何かできると思っているだけだったんだと、非力で知恵もない人間でしかないのだと理解した。 
 それから家でシャワーを浴びながら、先輩は、春の向こうにいってしまったんだとふと思った。繊細な彼は桜に追い立てられて消えてしまったんだ。その前に、きっと私に会いに来てくれたんだ。それは精神を安定させるための自己防衛だったのだろうか。しかし詩的すぎる自分の感傷に反吐が出そうになった。どんなに正当化しようとも私は先輩の状況を察せなかったし、その結果先輩はもういない。私と言葉にできなかった想いだけが生き延びた、その真実は何にも隠せない。そう思って泣いた。

 光陰矢の如しという言葉があるように、時は光のように過ぎていく。
 十一月の河原。寂しくて暖かな遊歩道を私は歩いている。先輩を失ったという現実感は未だしっかりとはない。
 八月頃に思い出の写真を飾ろうとか思ったこともあった。結局それは出来なかった。まだ先輩の死を認められない自分が居たからだ。写真を飾ったりしたら本当に寂しくなってしまうだろう。私はまた壊れそうになってしまうだろう、そう思ってやめた。
 ふと、過去から現在へと私は戻ってきた。目の端に何かがちらついた気がしたからだ。眼精疲労かな……。そう思って見上げると頭の上に葉が枯れた桜の木があって、その下に人が居た。父と母と子が三人で連れだって、楽しそうに散歩をしていた。
 ああなんだ、親子連れか。そうか……今日は日曜日だった。こういう家で黙々とする仕事をしていると、休日とか平日とかそういう区別がつかなくなってくる。そう思った時、私は机から落ちてしまったカレンダーを思い出した。一月と二月と、三月。激動の三か月の暦のことを。
 たのしげに歩く小さな男の子の背中を見ながら、私はふと何の脈略もなく、先輩が好きだったのかもしれないと思った。あの時もし先輩に肩に手を置かれたりしたり、助けを求められたら私は、それに答えたのかな。
 目が湿っぽくなってしまった。いいや……『たられば』なんてない。『たられば』など……。
 私は桜の木を見上げた。
 冬が過ぎたら、春の足音が近づいてくるだろう。三月になったら、私はきっと先輩との思い出の写真を飾るだろうと思う。あなたを、あの春の向こうへ連れて行くために。あなたを、ちゃんと思い出にするために。
 ……仕事に戻ろう。踵を返し、帰路に就く。道中、あの日先輩が桜にまみれた木の下を通りがかった。……そうだ。人生に『たられば』などない。
 口の中で、『せんぱい』と言ってみる。気を付けながらその名前を呼ぶ日はもう二度と来ない。さようなら、さようなら……『せんぱい』。あの春の向こうでいつか会いましょう。いつか私も思い出になるでしょう。その時、また。
 見上げていた木から視線を下ろし、私は一歩、足を踏み出す。



招文堂様内 「LaLaLa Books」山本Q太郎様 主催
文芸ワークショップ 創作小説!みんなで感想会・2025年11月 参加作品
『あの春の向こうへ』 円山すばる(えんざんすばる)

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