『踊るよ。』chapter.4 -01

01.心という石の裏

「……なにか、騒がしいですね。」
イーファンがさっと僕を後ろ手にかばう。なにかと思ったら、近くの街の診療所?(クリニックと書いてある。)から、包帯まみれの半裸の男が医師と看護師に引き止められながら扉から外に出ようとしていた。
「止めないでくれ! 俺にはもう、金がないんだ!」
「待ちたまえ! 行かせるわけにはいかん!」
「そんな怪我で無茶してはいけませんよ!」
僕はその男の声を聞いて思い出した。彼は……確か……!
 男は僕に気付いた。息を呑んだ。僕らの間に一瞬張り詰めた糸がつながったみたいだった。
「お、おまえ……!」
その男、サツキさんに車ごと爆破された件の創作団の団長は僕に向かって傷を負っているにも関わらずズカズカ歩いてきた。イーファンが僕らの間に立ちはだかる。
「俺は、おまえに言いたいことが沢山あるんだよ!」
取り押さえます、と言って動き、彼を拘束しようとした彼女を僕は引き止めた。
「放してやってくれ。」
「……?!」
僕は彼に正面切って向き合った。包帯と生傷の跡が痛々しい。
「仲間は……? もしかして死んじゃったのか?」
「はあ? 全員帰らせたんだよ決まってんだろ、アホ!」
「どうして?」
「……これだから御曹司様は……考える力がねえクソロボット人間が……、」
彼はぼくを睨めつける。僕はそうだ、と言った。
「そうなんだ……僕、何も知らないんだ……。」
はあ? という顔をしてしまう創作団の団長の腕の包帯に僕はそっと手を伸ばす。
「ひどい傷だ……薬は足りてるの?」
びっくりしている彼の後ろからお医者の先生と看護師さんがやってくる。
「さあ、病室に戻ろう。金のことは今は気にするな。」
「……いや、そうはいかないよ、先生……!」
僕は逡巡、彼にこう提案した。
「僕、君を雇いたい。」
「……は?」
周囲の人みんながそう言ったと思う。僕は気にせず続ける。
「君を雇いたい。教えてほしいことがあるんだ……ちゃんと誰かに答えてほしいんだ……でもそれは、きっとイーファンだけじゃできないことなんだ。」
「何言ってるんだ……? ふざけてるのか?」
「いま、小説を書いている。」
困惑していた創作団の団長は固まってしまう。彼はばちばちとまばたきをした。
「ある人のために……いや、ちがう。自分のために書いている小説なんだけど、うまく行かなくて。だから君に教えてほしい。専門家である君に、」
僕はすうと息を吸い込む。
「僕は、僕の黒い所を見つめなくちゃいけないんだ、僕は自分で考えて自分で自分を変えなきゃいけないんだ、なのに僕は何も知らないんだ、僕は馬鹿すぎてわからないんだ、小説のことも何もピンと来なくて、」
「あー……? こいつ何言ってるんだ?」
創作団の団長は、怒りを通り越して困惑してしまっている。
「すみません、すみません。」イーファンが周りの人に青い顔で謝り通している「いますこし光さんは体調が悪いようで、」
「でも、イーファン!」
「でももだってもありません!!」
突然怒鳴られた。僕はびっくりして立ち止まった。イーファンに怒鳴られたことなんて無かったのに、だが、彼女は続けた、もう、限界だという声で。
「いい加減にして下さい! いつまでわがままを言うつもりですか! どうして周囲の人達に迷惑をかけているのに、大人しくしようとしないんですか!? どうして周囲の人間の『限界』に気付けないんですか?! 私が人生をかけて守ってきたのはこんな人だったんですか?! でもでもだってって子どもみたいなこと言うのもいい加減にして下さいよ! あなたはここから帰らなきゃいけないんじゃないんですか!? あなたは一体何を目的にここに居るんですか!!」
それは……そう、だ。何も言い返せない。僕がただたじろいでいたらイーファンはさっと青い顔になって、そして後ずさり始めた。
「あの……ごめんなさい……、」
「イーファン、」
「忘れて下さい……お願いですから……、」
「こちらこそ、ごめん……僕が悪かったよ。すこし調子に乗りすぎた。」
酷く困惑した顔でこちらを見ていたドクターと看護婦さんに、僕は湿布を受け取りに来た旨を伝えた。ドクターが診療所に飛んでいった。イーファンは泣きそうな顔で俯いている。
 すこし待ち時間があったので、僕は彼に問うた。
「君はどうして、小説を書くの。」
その言葉に彼はようやく現実世界へと戻ってきたようだった。
「いや……それ、今必要な会話か?」
「……いまだからこそ、教えてほしい。」
「はあ……?」
「頼むよ。」
創作団の団長は、少しも考えずに言った。
「呼吸と同じっつか……。」
「呼吸……?」
「表現のかたちなんて人それぞれあるから、まあ俺にとっては表現が呼吸と同じっつか。」
「『よみかき!』が無くなったとき、悲しかった……?」
「あたりまえだろ! プロになれるかなれないかなんてどうでもいい奴だって沢山いるぞ、やってることのでかさなんて何でもいいんだよ、書くこと作ることが呼吸と同じだって人間は沢山いるんだよ。」
僕はその言葉にはっとして、うなだれてしまった。
 そうか……僕の言ったことは全部的外れだったのか。ただあの場にいた人たちはみんな……みんな、優しかったんだ。
 僕は思う。そうか……僕には、そういうの……そういうのなかったんだ……誰かの敷いたレールの上を歩いて……やりたいことなんて何もなくて……大人になったのは気分だけで……そんな、しょうもない人間だったんだ、やっぱり、僕は……。
 創作団の団長は困惑して「なんなんだよ……?」とイーファンに聞いている。イーファンも、私もよくわからなくて……ともごもごと返している。彼はしばらく僕の前で考えてからこう教えてくれた。
「……俺は、説教とかアドバイスとかそういうの嫌いだぜ。……おまえに何が合ったのかは知らねえが……。」
「小説を書いてるんだ……僕、時間がないんだ……ごめん。」
「うーん……。」
ふかーいため息が聞こえた。
「俺もお人好しだよなあ……。」
 彼はそうつぶやくと、おもむろに足元の小石を一つ拾い上げた。そしてそれを僕に見せる。
「創作は、自分の黒い所を見つめる作業だ……それに耐えられないやつから、だめになっていく。」
そして彼は手のひらの小石をひっくり返した。裏面が見える。
「俺たちの心は、石と一緒だ。本当のことは心っていう石の裏に隠れてる。それを直視してみな。発狂するかもしれねえが、創作ってのはそういうもんだ。『自分の裏に光を当てろ』。俺が言えるのはそれくらいだ……。」
僕は彼の手から小石を受け取った。そしてそれをじっと見つめる。
ドクターが湿布を渡しに来てくれた、そして体に障るから戻ろう。と言って彼を診療所に引き戻した。
「ねえ、また聞きに来てもいい?」
僕がそう言うと彼は、背中を丸めため息を付いた。
「勝手にしろよ。」
彼がドクターたちと一緒に診療所へ戻っていってからも、僕はその小石をずっと見つめていた。

 それから、僕は押し黙ったままのイーファンと共に海野家に戻った。
 僕は少しイーファンの手伝いをしてからまた机に向かって原稿を執筆しはじめた。
 ……だけど、一文字も書けなかった。
 本当に、一文字も、書けなかった。
 僕は本気で落ち込んだ。落ち込んで、落ち込んで、落ち込みながら、どういうストーリーを書くのか……それから、どうしたら書けるのか考えた。
 それでもだめだった。 
 イーファンが空元気っていう感じの様子で、そろそろお昼にしませんか? と僕を呼びに来てくれる。相当情けない顔をしていたのか彼女は口をつぐんでしまう。
「書けない……。」
本当に情けない声が出る。
「書けないんだ……。僕、自分が誰だかわからなくなってきた……。」
黙って彼女はそばに居てくれる。いつもみたいにしていいって意味だろうけれど、僕はそうしなかった。ただ、机の前でうなだれる。ふと、彼から受け取った机の上の小石が目に入った。
「『自分の裏に光を当てろ。』……裏側を見つめろってこと? 自分が……自分がどうしたいかわからなきゃだめ……ってこと……?」
石から顔を上げるとイーファンが複雑そうに僕を見つめている。その顔を見て気付いた。
 そう、そこでようやく僕は理解した。
 藻草さんに認められたいのは……父さんに、認められたいから、だったのかもしれない。
 僕はぞくっとした。それから、ひどい罪悪感が沸いて出てきて、食欲がなくなった。
 だけどイーファンにこれ以上心配や迷惑をかけたくなかった。
 今朝お弁当にしたお昼ご飯を食べるでもなく食べ、片付けを手伝う。少し外の空気が吸いたくて表に出たら、家の隣の木に吊り下げられた手作りのブランコがあった。気づかなかったけどブランコなんてあったのか。なんだか丈夫そうなブランコだ。二人で乗っても壊れなさそうな……。それに座ると木陰は涼しく、湖からの爽やかな風と町からの暑い風が吹いてきてなんだか不思議な気持ちになった。
 僕は、藻草さんを利用しているのだろうか。藻草さんのために小説を書く、認めさせると言いながら本心では父さんを見返したいのかもしれない。それは……それって、裏切りじゃないか……? 
 僕は、僕は……。
 手の中の石を見つめる。ひっくりかえしてみる。僕の……。
「僕の、ほんとにやりたいことって……何なんだろう……。」
わかんないよ。こんな気持ち、なったこともない。

つづく

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