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01.一人じゃない

見せられなかった僕の原稿は、結局、未だに僕のノートパソコンの中にしまってある。
それから僕は父さんとイーファンと都会に帰った。
帰り道の車の中で、僕は父さんと話をした。
お互いたどたどしかったけれど、父さんはどこか憑き物が落ちたような感じだった。
「お腹が空いたでしょ。予約しておいた店があるから……そこに寄ってから帰ろう。」
「父さん、忙しいんじゃないの?」
「今日くらい……いや、私が話したいんだ……だめか?」
父さんは、真剣だった。
「ううん……だめじゃない。」
予約したっていう店は海辺のこじんまりとしたレストランだった。僕らは海の見えるテーブルに座った。
「……海がよく見えるね。」
「ああ……気に入っていたんだ。」
「誰かと来たことがあるの?」
「……おまえの母さんとね……。」
そっか、母さんと……。しかし、聞かなければいけないと僕は姿勢を正す。
「母さんは、今どうしてるの。」
「離婚してからは……望むことが嫌になったと言って、隠居している。支援はしっかりしているから安心していい。」
「そっか……よかった……。」
父さんは遠い目で海を見ていたが、僕に視線を移した。
「おまえを傷つけたことを、ずっと後悔しているよ……傷を残してしまったって……合わせる顔がないと、いつも言っている……。」
僕は思わず右手が動くのを感じる。
「おまえは何も悪くない……悪いのは私だから……母さんを恨まないでくれ。」
父さんは、すっかり毒気が抜けてしまったようだった。僕は口を開く。
「父さんは、本当は暗いんだよね。」
落ち込んでいた顔があがってきたので僕は続けた。
「本当は寂しがりやで、誰かと一緒に居たいんだ。だけど、誰かやみんなと関わり続けるほどに粗が見えてきて、許せなくなってきて、そのうち辛くなっちゃって、結局離れるしかなくなっちゃう……生きることに、不器用なんだ。どうしようもなく。」
僕はうつむいて、それを認めた。
「……僕もそうだよ。」
……そうか。とだけ父さんはつぶやいて、そして僕らはお互い押し黙ってしまった。
海の音が聞こえる。潮の香りがする。光が柔らかく差し込んでくる。その光を浴びていたら、きっと生きていける。そんな気が沸いてきた。
「大丈夫だよ。」
少し考えながらも、父さんは眩しそうに目を細める。そして僕に問うた。
「一つ聞かせてくれ。おまえには……やりたいことがあるのか。」
「僕は、誰かを支えられる人になりたい。誰かの夢を応援する人になりたい。」素直な言葉だった。「僕には特技とか夢とか才能とかなにもない。だから、夢を持っている誰かを応援したい。頑張っている人を支えられるようになりたい。そういう人に、僕はなりたい。……父さんには、甘いって怒られそうだけど……。」
父さんは笑わなかった。怒りもしなかった。
「頑張ってみなさい。」
しっかりとそう言って、微笑んだ。
「私は、応援するよ。」
つづく
