『踊るよ。』chapter.4 -04

04.何のために

  何事もなかったかのように朝が来た。誰も何も夜のことには言及しなかった。
 その日の昼間。僕はイーファンに声をかけ、一人で街に行った。街の診療所に居る彼を訪ねに行った、そう、創作団の団長さんだ。彼はベッドに座り、薬を吸引していた。
「元々体が悪かったんだ。……喘息持ちでね。」
「無理して演説してた?」
「……そうかもな。」
彼は何も言わないが、父さんの息が掛かっている診療所に繋ぎ止められていることはなんとなく雰囲気でわかった。そういう事情もあり彼の意思と反して療養させられていることも理解する。しかし彼が言わないのならこちらから言う必要はないというか、言えない気もする。
 彼は僕の話を暇つぶしになると言ってなんやかんやと聞いてくれた。
「僕の常識は他人の非常識なんだね……正月は着物を着て神社に行ってお布施する日だと思ってた。」
「……今は三が日は初詣に行かない家も多いぜ。」
「そうなんだ……あ、これ小説のタネになるかも!」
「それって私小説なのか?」
私小説……その言葉に、メモを取ろうとした手が止まる。
「たぶんおまえは、何がしたいのかってのが見えてないんだよ。」
「そうなの、かな、」
彼は窓のむこうを、鳥かごの中の鳥のようにじっと見つめる。
「何をして生きていくのか。なにのために生まれたのか……なにがしたいのか。自分でもどうしたらいいのか……普通ストーリーを書く時は、中学生でもわかるようなストーリーラインとかスローガンを作るもんだ。それすらできないってことはそういうことなんじゃないかね。」
そんなことはないと言おうとしたけれど、そんなことあった。
 というか、僕はそれで今一番悩んでいた。ストーリーラインとか、ログラインというものについては会社で学んだことがある。スローガンっていうのは要するにテーマのことだろう。
 確かに、僕にはそれがない。つまり書きたいことがない。
「そういうことを考えられないんだ……どうしても浮かんでこないんだ……。才能がないかもしれないな……。だけど才能がない人間が、小説を書くのはいけない事かな……。僕、振り向かせたいんだ……海野藻草先生に小説を書いて振り向かせるって決めたんだ……そのために、周囲の人に迷惑をかける覚悟もしたんだ……。」
創作団の団長の言葉は、厳しいようで優しくて、やっぱり厳しい。
「現実を認めるのも、見つめられるのも一つの才能だと思うぞ。」彼は静かに告げる。「おまえはもしかしたら、誰かを支えたりサポートしたりする方があってたりするのかもしれない。」
「……?」
「そういう可能性もあるってだけだ。生き方ってのは1つじゃないだろ、人生なんて無限の可能性があるんだ。道なんて、いくらまがっててもいいしどこに行ったっていい、俺はそう思う。お前も自分の道を歩いていけばいいんだよ。」
僕は考えるばかりで何も言葉を発せられなかった。
「あれだな。おまえ、」創作団の団長は言う「いい参謀がついてたほうが良いタイプ。」
「なにそれ……? どういう意味……?」
「もっと世界を見ろってことさ。」
「そう……じゃあ僕はやっぱり君がいいなあ。」
なんで俺なんだよと彼は若干呆れ気味だったが、笑いとばすことはしなかった。

 診療所を出たら、ふと車のクラクションが鳴った。『シックザール村役場』と書かれた四輪駆動車に乗ったクリス氏が僕のそばに横付けしてきた。
「サっちゃんのガソリンスタンドに給油しに行くけど、乗ってくか?」
うん、と僕は頷いて車に乗り込んだ。

 僕はしばらくクリス氏が運転する車に揺られ、ぼけっと赤茶けた大地を見ていた。
今日も湖はきれいだ。こんなにきれいなのに此処で採れた魚が食べられないなんて信じられない。鉱山から流れ出た排水のせいで汚染されているなんて信じられない。
 僕は診療所に行く前に、街の人とも色々なお話をした。スーパーの店主さん、パン屋のおかみさん、街の鉱山資料館のおじいさん、新聞と煙草屋さん、診療所のドクター。みんな話し好きでいい人たちだった。ぶっきらぼうに、優しく、僕の雑談に付き合ってくれている。
 帰りたくない。ずっとここに居たい。
 けれど、創作団の団長の言うとおり。
 僕は……自分の道を見つけなきゃいけない。
 ……いつかここを出ていかなきゃいけない。
 自分が何をしたいのか。自分が、何をして生きていきたいのか。
 だって僕の人生は藻草さんに小説を捧げるためだけにあるわけではないのだから。
「昨日は、じいちゃんが迷惑かけたな。」
想いの縁から、はっとして現実へと頭を引っ張り上げる。現実世界ではちゃんとクリス氏が遠くを見ながら運転をしてくれている。まるで此方側が現実でないように感じられる。
「サツキさんって、すごく鋭いんだね……。」
「……そうだな……時々あの子がわからなくなるよ……昔は手に取るようにわかったのに。」
「二人って、双子なの?」
「そうだよ。似てないけどな。」
そうなんだ……兄弟がいるってどういう感じなんだろう、そう言おうとして昨日の藻草さんの言葉を思い出して気持ちがひどく重くなる。僕と彼らは……藻草さんの言葉が本当なら、僕と彼らは腹違いの兄弟ってことになる。酔っ払っていたとしてもあの人が嘘を付くとは思えない……。
「まあ、焦らず乗り越えるしかないよ。」クリス氏がつぶやく「時間に任せるしかないこともある。」
「時間……無いんだ、僕には……。」
クリス氏は押し黙っていたが、だしぬけに言った。
「サツキちゃんのことはもうよくわからんが……それでも私は彼女をを大切だと思ってる。」
「そうなの……?」
「愛してるんだ。」
社内に沈黙が落ちた。
「私は、あの子をあそこに閉じ込めてるんだ。彼女の持ち得る未来への可能性を、一つずつ潰して……。」
「……どうしてそんなことを」
クリス氏は答えない。
 車はようやくスタンドにたどり着いた。僕はやりきれない気持ちになった。

つづく

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