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01.忘れられた人間
僕は何もかもを思い出した。
同時に頭の中で何かが、ずっと我慢に我慢を重ねて来ていた何かがショートしてしまった。
そんな感じがして、僕はおかしくなったのだと、思った。
「も、も、もしかしてあなた……海野藻草先生ですか……?」
僕は、口をついて飛び出してくる言葉をもうどうしても止められないのだった。
「わ、わー!! 本物?! うそ……あ、えー?! なんで小説書くのやめちゃったんですか……? どうして一冊しか出さなかったんですか……? 僕、学生の時に読めるようになってから本当に感動して、何度も読み返して……!」
「あ、あの、光さん、」
「つ続き、ずっと待ってたのに……! 僕、ずっと待ってたのに……いじめられてた時も悲しかった時も、いつも読んで、それで、感動して、そのたびに勇気を貰って……でも人生の節目節目で、やっぱり苦いこともあるんだなって気づかせてもらえて……みんな馬鹿にしたけど僕は好きだった……父さんとの間に何があったかは知らないけどでも僕は……海野先生の小説がすごく好きで……面白くない勉強も、辛い運動だって、僕は、僕は貴方の小説があったから耐えて……それくらい大事で……!」
「光さん、大丈夫ですか、落ち着いて」
僕は周りの目もはばからず海野さんに縋りつく。
「どうして一冊しか書いてくれなかったんですか! 僕ずっと続きを待ってたのに! 父さんとの間に何があったんですか! 教えてください、でなきゃ僕……僕……!」
彼は困惑したがしかし、穏やかだった。言えないことが沢山ある、そんな顔。大人の顔。余裕のある顔。何処か諦めた顔。そんな顔を僕は何度も見て来た。それこそ絶望するほど。海野さんは白くなるほど彼の服の襟を握りしめたその僕の手をそっと放させる。
「動揺なさっていますね。あの人も酷いことをする。」そう言って、優しく突き放される。
いつもそうだ。みんなそうする。ぼくを憐れんで……。
どうして……どうして(そう)なんですか……? 壊れたレコードになってしまった僕に彼は言う。
「私はもう、過去の人間です。あの小説のことは忘れてください。どちらにせよ私は過去の、忘れられた作家です。忘れられた人間です。あれは忘れられた小説です」
過去の……? 忘れられた小説……? 忘れられた人間……?
「もう、あの小説は……無かったことにしてください。黒歴史みたいなものなので、」
気づいたら僕は叫んでいた。
「できるわけない!」
自分の声に驚いてはっとする。3人とも固まっていた。僕は動揺に動揺を重ねて頭を抱え、頭の中のぐちゃぐちゃを吐きだしてしまう。
「黒歴史なんて言えるわけ無いじゃないですか! どうしてかけなくなったんですか? 1冊書いただけで満足したからですか? 十分な印税で暮らせるようになったからですか? 写真の中であんなに楽しかったのはどうしてですか? やっぱり父と何かあったんですか?!」
「あなたには……関係ないことです。色々あったんでしょう? 少し動揺なさっているのでは? 落ち着かれた方がいいですよ。早く家に行きましょう。ここは夜冷えますし……。」
それは違う。違わないけど違う……。つぶやく言葉は風に吹き飛ばされた草みたいに小さい。
「お、『踊るよ。』は……父さんとのたった1つの思い出なんです……。」
軽トラの方へ行こうとした海野さんが足を止めた。
「あの人がそんなこと言ったんですか?」
「父はあなたのこと、今でも未練がましく思ってます……どうしたらまた書いてもらえますか、僕らにはあなたとあなたの小説の続きが必要なんです!」
「何度も言いましたよね……私は忘れられた人間だと……。私は文壇を自分から去りました。だからもう書きません。同じことを二度も三度も言わせないでください。」
彼は車の方へ行ってしまう。行ってしまう? 嫌だ、そんなの嫌だ、こっちを見てほしい、どうか、気づいて……僕に、僕らに気づいてよ……! 僕は唸って、唸って唸って、自分に念じた。考えろ、考えろ、考えるんだ……海野さんを振り向かせたい、振り向かせなきゃいけない、そうしないと僕はずっとこのままだと僕の魂がそう囁いている、だから……!
はっとして、僕は顔を上げた。
「あなたが小説を書いてくれないなら、僕があなたのために書きます!」
長い沈黙があった。はあ? と海野さんが振り向く。
「僕があなたのために書きます! だから……僕の小説が面白かったらまた小説、書いてください!」
「な、何を言ってるんですか……?」
「絶対面白い小説書きます、約束します! 何度だって書きます! だから……『踊るよ。』を、無かったことにしてほしいなんて言わないでください! 僕はあなたにあこがれてるんです!」
全員が、ポカーンとしてしまっていた。
「なんて?」
「だから、僕があなたのために小説を書きます! 面白かったら小説また書いてほしいです!」
「いや、二度言えって言ってるんじゃなくて、」
ふと緊張感が走りイーファンに僕は肩を叩かれた。そして耳元で囁かれる。
光さん、お話し中の所すみません……なんだか嫌な音が近づいてきています……すぐに街に避難した方がいいかと……。」
「あら、耳がいいじゃない。」サツキさんはふーんと感心しながら、どこか遠くを見ている。彼女は言った「物騒なのが来てるわね。さっさと車に乗った方が良さそうよ。」
「それってどういう、」
「いいから荷台に乗って、荷物を固定して!」サツキさんは怒鳴った。そしてキビキビと運転席に乗り込む。僕はどうしたらいいのかわからないままイーファンと海野さんにされるがままに、軽トラの荷台に押し込まれる。イーファンも何か焦っているようだった、いったい何が……?
「行くわよ!」
軽トラは僕らが乗り込んだ荷台をガタゴト揺らしながら出発した、僕は荷台で転がりそうになって慌ててイーファンに捕まる。めずらしく彼女にも余裕がない気がする。そんなに恐ろしいものが? 危ないものが近づいているのか? だけど僕の願いへの答えを僕はまだ聞いてない、海野さんに聞かなきゃ海野さんの答えを、承認を貰わなきゃ、
「あの、海野さん! 海野先生!」
「光さん、もうそんなの後にしてしっかりつかまっていてください!」
僕は反射的にがたがた揺れる荷台の中でつかまれそうなところに捕まった。イーファンの体幹はびくりともせず僕を支えてくれる。安心感はあるが、それ以上に揺れが酷くて膝も腰も痛かった。スーツが破けそうだがそんな場合ではないらしかった。
ふと、軽トラックが唐突にぎゅんと進路を曲げたというか、進路をそらした。僕らは荷台の中でひっくり返りそうになってわぁと騒ぐ。僕は耐え切れなくなりついに軽トラの窓に怒鳴る。
「ちょっと! 曲がりなりにも人を載せてんだよ?! っていうか道交法違反!」
「後ろから追いかけてくる珍走車は君の知り合いか?」
藻草さんの言葉に珍走……? と振り返ると、後ろを爆走している黒塗りの車に見覚えのありすぎるマークがあった。
「【 創作団 】……わざわざこんなところまで追いかけて来たのか!?」
創作団の運転主が身を乗り出し拡声器でやいのやいの、止まれとかブッ◎すぞとか何事か言っている。その拡声器を、後部座席に座っていた男が奪い取り、拡声器で叫び始める。
「羽冠光~!! ここで会ったが100年目~!!」
暴走する創作団の珍走車を運転している男たちの顔には見覚えがあった。それは、僕が先日ぶちのめした創作団で演説をしていたあのリーダーの男の姿だった。
僕はその時、なぜか安心感を覚えた。なぜかはわからない。なんだあいつ、海に沈められなかったのか。ちゃんと逃げられたのか。等という謎の感動をしてしまう。
「なんだよ……アイツら生きてたのか!」
「あなたの敵ですか?」
「僕はそうは思ってません!」
サツキさんは強烈なドライビングスキルで蛇行運転を始める。また荷台がガッタンガッタン揺れる。僕はアドレナリンが出過ぎているのかまた冷静さを失ってしまう。何事かぎゃあぎゃあ言いながらイーファンにしがみついてしまった。運転席の二人は至って冷静である。
「つまり、遠慮なくやっちゃっていいってこと?」
「そのようだ。」
その男の隣の席に座っているのであろう、マッチョなムキムキ男が突然窓からなにか大型で四角形の武器を取り出す、なんだそれ……!? と思っていると男はその武器から手りゅう弾のような大きさの弾をこちらにぶっ放してきた、
「捕まって。」
サツキさんは冷静にそう言うと、軽トラのアクセルを思い切り踏み込む、そしてハンドルをガッと右に切る、僕はイーファンに引っ張られ、荷台に固定した荷物にしがみつかされた。ドカァアン! と突如としてとんでもない爆発音が響き渡りさっきまで僕らが走っていた地面がえぐれて燃えだす。熱い風が頬を襲い、硫黄のような焦げたゴムのような変なにおいがした。どんどん後ろに遠ざかっていく、道路がえぐれて炎上するその風景に僕は目を丸くする。
「な、なにあれ、」
「ロケットランチャーじゃない?」
「いや、入手経路的にRPGか何かでしょ。」
「でも四角かったよ?」
「いや、」
冷静に議論を始める座席の二人に僕はちょっと、と軽トラの荷台にひっくり返ったまま声を上げる、
「いや、警察呼、呼ばない?!」
「はあ? 警察なんて来るのに何分かかると思うのよ? 田舎舐めるんじゃないわよ。」
「ええ……?! じゃあどうするんだよ!」
「こうすんのよ。」
サツキさんがガチャッと何かを装填する音がした。片手でハンドルを握ったまま彼女は腕を空きっぱなしの窓から出し、背後の車に手に持ったどう見ても一般の人間の手では扱えなさそうなほど大きな銃を向けた。
2発、でかい銃声が響いた。イーファンが咄嗟に僕を庇ってくれたがその必要はあったのかわかったのかはわからない。ただ、僕らを追いかけながら爆走していたその黒塗りのでかい車はエンジン付近から火を噴きだしはじめそのうち後方で大爆発しながら遠ざかっていった。
「覚えてやがれ~ッ!」
創作団残党のボスのそんな、やられる敵のお決まりのやつ的な台詞が声とともに後方に消えていったけれど、それもすぐ聞こえなくなってしまった。ボーンと、遠くで爆発する音がした。銃の火薬の臭いにおいがする中、はあ。とサツキさんは銃を仕舞いため息をつき、またハンドルを両手で握る。僕はイーファンと顔を見合わせ、荒野を爆走する揺れる荷台でへなへなと座り込んでしまった。
「……何をやったんですか……?」
「ガソリンタンクを撃ったの。今日は1発で当たらなかった。」
「そういう日もあるさ。」
藻草さんが適当な調子でそう返すもんだから、僕はめまいを起こしそうになった。こんな、こんなバイオレンスな状況なるなんて誰が想像しただろう……?
「創作団……あいつら、大丈夫かな……? こんな荒野で……。」
ぐるぐるする頭でイーファンに問うと彼女もまた困ったように肩をすくめた。
「さあ……?」
つづく
