【小説】夏の日のファンタム

招文堂様内 「LaLaLa Books」山本Q太郎様 主催

文芸ワークショップ 創作小説!みんなで感想会・七月 参加作品

『夏の日のファンタム』 円山すばる(えんざんすばる)

1

こないだ、幼馴染で隣に住んでるケイちゃんとクラスメイトの女の子が火星や木星衛星コロニーでは20世紀末から21世紀に流行したレトロな曲が流行ってるみたいだよ。と教えてくれた。僕は音楽が好きだけど、流石にそこまで古い曲は聞いたことがなかった。そんなこんなで初めて聞いた21世紀くらいに有名だったという曲はなかなか良くて、特に『未来は案外変わんなかったなあ。車も空、飛びそうにないしなあ』という歌詞の曲がとても新鮮で好きになった。僕はその人に、少なくとも23世紀の世紀末には車もバイクも空を飛んでいるよって教えてあげたい。21世紀末にワープ航法が発明されて以来、人間が持つ技術は爆発的に発展して、人類は地球を離れて火星や木星の衛星に移住したりして、なんやかんや喧嘩したり星が滅びるぞーとか言い合いながらも新天地で楽しくやっている。今や地球は農地だらけのド田舎だ。

だけど。僕は地球の夕焼けを見ながら思う。その教科書に載っていた21世紀の人は23世紀が来るまでもなくわかっていただろうなって。今や月もでっかいリゾートで、カジノが名物のスパーランドになっていて、地球は……食料の生産拠点に綺麗に改良されてしまって、この強い重力故に住む人も少なく過疎っているけれど、火星に住もうが木星衛星で学ぼうが、結局人間は誰かと一緒に居たい生き物で、『愛』という概念をずっと、ずっと大事にしてるんだ。

「あっつ……」

僕は地球のとある小さな街に住んでいる。丘の上の中学に通ってて今、2年生だ。本名はもっと長いけれど皆からはロクちゃんとかロクと呼ばれている。学校は基本はリモート授業だけど、今日はスクーリングがある日だったので登校して半日授業を終えて帰路に就くところだ。

丘の上の中学には自動操縦機能があるミニホバーバイクで通学する。しかし未来技術がいくら進歩してもこの国の夏は暑くって、その日も火傷しそうな日差しが降り注いでいた。信号待ち中、空中二輪専用レーンの上で日光に焼かれて僕も、僕の通学用ホバーバイクもアツアツのハンバーグになりそうだ。しかも馬鹿みたいにデカくて通気性の悪い通学用ヘルメットのせいで汗だく、大変気分が悪い。ついでにホバーバイクもエンジンの調子も悪い。超電導エンジンにもこの暑さは堪えるのだろうと思う。

「これじゃ共倒れだぜ……仕方ない」

僕は通学路の途中にある寂れた空中商店街の駐車場の日陰をナビ指定してバイクを自動駐輪させた。鉄板を渡した駐車場にバイクを停めると、ホコリが舞い上がって日光にキラキラした。掃除ロボット雇えばいいのになあ。と思うけど、昔は栄華を極めたというこの商店街も今や過疎化でボロッボロ。雨漏りも直せてないところを見ていると、苦しい台所事情がありありと伝わってくる。

僕は学校指定鞄を持ち、錆びて穴が空いて階下が見えそうな渡し廊下を歩いていって、年季が入ったその店の建て付けの悪い扉を開ける。

「マスタ~、ファンタムちょうだい。オレンジ味」

寡黙で渋い顔のマスターは、まったく……とか言いながら、年季の入ったファンタムのショーケースからファンタムの瓶を取り出して水滴を拭いて栓を抜いてくれる。僕は電子クレジットで料金を払い、瓶入りのファンタムを受け取った。僕この瓶ファンタム大好き。炭酸強いし。そりゃ量販店に行けばパック入りのが沢山売ってるけど今時瓶で売ってるのはこの店だけなんだ。そもそも量販店になんてホバーバイクじゃあ行けない距離で、というのもあるけれど。

ただ、この店は夜はお酒を出す店になる。ファンタムはジュースだけどお酒の割り材なのだ。店のカウンターの向こうにも実際お酒が並んでいる。本当はあんまり、来ちゃいけないってわかってる。母さんはマスターのところに寄り道するとあそこはバーだからって不機嫌になる。でもこの街にはほかにコンビニも無いので僕はそれを言い訳に今日もファンタムを飲みに来る。

「なんだロク坊か! まーたこんな店さ寄ってかんに、勉強終わったのか?」

「それが、宿題が沢山出ててさー。じーちゃんたちはまた昼から飲んでるの」

じいちゃんたちは、うらやましいだろー! と、ワッハハとか大声で笑った。近所に住んでいるこの常連のじいちゃんたちは、いつも4人してこの店でビールを飲んで毎日飽きもせず同じことを話しながら麻雀をしている。昔からこの辺りの巨大プランテーションで農作業に従事していたらしくて、よく昔の話をしてくれるんだけど毎回知らない誰かとの武勇伝になるから、もう正直聞き飽きてる。だって職場に居た伝説の植物マスターとか言われても、いったい誰なのよ……。

「ロク坊やい、ちゃんと学校の勉強せんとあかんぞ? 俺たちが学生の頃はそれはもう勉強してたんだ! 農薬の撒き方から種のまきかたから、飛行機の操縦からなあ、そんで水をやってこう、コンバインで刈り取ってなあ! そんな時俺たちは必ず伝説の」

「そりゃ仕事の話やろが」

「地球じゃあ仕事も学校も変わらんやろて。あ、それロンで」

「はぁー!? タンマタンマ、 今の無しじゃろ!!」

麻雀に今の無しとかタンマとかあるのかな……。僕はやれやれと思いながらファンタムをゴクリとやる。そんな時だった

「ロク」

珍しくマスターに声を掛けられた。うん? と振り返ると、マスターがちょいちょいと僕に手招きをしていたので近寄っていく

「アンタのおふくろさんに届け物だ。渡しといてくれ。」

「え、母さんに? なんでマスターが?」

マスターは答えないまま、僕に何か小さい袋を押し付けた。なんだかちっちゃい、植物の種的なものが入っている

「え、なにこれ……何か怪しいモノじゃないよね」

「俺を何だと思ってるんだ……とにかく持ってって渡してくれ……」

「なんか犯罪の片棒担がされてるとかじゃないよね」

「早く行きな!」

僕は嫌々、種の入った袋をポケットに突っ込んで店を出た。なんなんだよもう、マスターってあやしい何らかのモノの売人か何かなの? まさかとは思うけど、本当に何かの危ない植物の種とかだったら、僕どうなるの? うーん、やっぱおまわりさんに提出した方がいいかなあ……そんなことを考えながら鉄板の上を渡り駐輪していたホバーバイクにまたがり、エンジンボタンを押す。あ、ファンタム持ってきちゃった。

ガッガガガガ……プスン。

「……え……え?」

僕はファンタムの瓶を手近な場所に置いて、もう一度試す。……エンジンがかからない。うっそだろ、こんな時に壊れることってある!? 僕は何回もエンジンをかけてみようとしたが、まったく、うんともすんとも言わなくなってしまった。サーッと顔の血の気が引いていくのを感じる。うわあどうしよう、ど、どうするも何もとりあえず帰らないとなんだけど、駅まで歩いていくにしたってこの直射日光の下をこのまま地上を歩いていくなんて苦行通り越して自殺行為に等しいし、そもそもモノレール乗る人居なさ過ぎて最近じゃ3時間に一本ペースだし、父さんは火星に出張中だし、母さんは事務のパート中だから電話できないし、今月末は忙しいって言っていたから多分、ものすごく怒られるだろうし……マスターとじいちゃんたちは……じいちゃんたちは酒飲んでるしマスターは何か怪しいことをさせようとしてくるし……!

ああ、まっすぐ家に帰っていれば……!  僕は激しい後悔の念に襲われる。とにかくなんとしてでもホバーバイクを動かすんだ! まーたスクーリングの帰りに場末のバーに寄り道してファンタム買ったでしょって母さんに叱られてしまう! 僕は何度も何度も、ホバーバイクのエンジンを再起動しようとボタンを押す。しかし……だめだった。

「うっそでしょー!!」

そんなときだった。後ろから可愛い声がした。聞き慣れた声だった。

「ロクちゃん? そこに居るのロクちゃんでしょ?」

黄色い色をした、かわいいイエローのホバーバイクがスッと駐輪場の隣りに停車した。ケイちゃんだ……! 幼馴染で隣の家に住んでる、クラスメイトのケイちゃんだ……! ケイちゃんは、感動して泣きそうになっている僕を不思議そうに見ている。

「ケイちゃん! うあー助かった……」

「なぁに? どうしたの?」

彼女は自分のバイクから降車して僕のホバーバイクのエンジンを直せないか一緒に詳しく見てくれた。ついでに話していたらどうも彼女は部活帰りらしい。困っていた僕の姿が見えたから寄ってくれたようだ。わざわざ助けてくれるなんてケイちゃんは本当に優しい。最近は、なんとなく話さなくなってしまったがそれでも彼女がいることによる安心感は大きかった。

「やっぱり修理工場に持っていくしかないんじゃないかな」

「そっかあ……それしかないかあ……」

「まあ仕方ないよ。今はここに置いて行ってロクちゃんのお母さんが帰ってきたらレッカーの手配して貰ったらいいよ。変に動かしてこれ以上壊しても怖いし」

「それしかないか……じゃあまずは、いったん帰らないとだなあ……あー、帰りどうしよう……」

「私のバイクに二人乗りして帰る?」

僕はびっくりしてケイちゃんを見た。ケイちゃんは至極まじめな顔をしている。確かにヘルメットを着けていれば、現代の道交法的には問題にはならないけど……最悪母さんにバレても説明すれば解ってくれるだろうし、でも、流石に幼馴染とはいえ、かわいい女の子とバイクに二人乗りしてっていうのは心の準備がいるというか

「でもあの、そのえっとー、ケイちゃんはいいの?」

「ロクちゃんがこの直射日光で干からびちゃって、何であの時助けてあげなかったのかって責められる方がいやよ」

「あ……そう……」

そういえば日陰を出たら炎天下なんだった。ガンガン日差し、差してるんだった……何を期待していたんだろう僕は。ゲンナリする。

「じやあ、ファンタムの瓶マスターに返してくるよ。慌ててたから持ってきちゃったんだ」

僕は走って急いでバーに戻り、目を見開くマスターの前で残ったファンタムを一気飲みした

「ハハハハハ」じいちゃんたちがわらう「いい飲みっぷりじゃねーか! 親父さんとは全然似てないな!」

「そうなの? ふう、マスターごちそうさまー! 瓶返す!」

「もう行ったと思ってたが、何してたんだ」

「僕のホバーバイクが壊れたんだよ、隣の家のケイちゃんと2ケツして帰るから今日はとめさせてね! よろしくー!」

なんだって!? とか聞き返された気がしたけど、ケイちゃんを暑い中待たせるのも悪いと思い僕は大急ぎで彼女のところに戻っていった

「お待たせ! じゃあ後ろ乗って」

「え、ロクちゃんが運転するの!?」

「ケイちゃんが前に乗ると発進とか大変じゃないか?」

ケイちゃんは少しためらってから、う、うん……と呟いて僕の後ろに座り、ヘルメットを直し、慎重に僕の腰に手を回す

「ちゃんと捕まってくれよ、二人乗り初めてするから」

背中で、ケイちゃんがぎゅっと距離を縮めてきた。やわらかい腕の感触が伝わって来た。僕は気を引き締めてケイちゃんのホバーバイクのエンジンを入れて、空道の空中二輪専用レーンに移った。

 

2

地球の空中車用レーンは静かだ。理由は沢山ある。空中車の静音化が進んでいること、地球の過疎化がかなり進んでいること、それに伴って地球に来て車に乗る人も、もうあまりいないこと、自動操縦が主流なこと、他色々。以前火星に旅行に行った時、火星の都市はもっと騒がしかった。こんなに静かなのは地球だけだ。

「ロクちゃん聞こえる? ヘルメットの音声通話、オンにした」

「おー助かるよ、サンキュ」

「あ、海と夕焼けが見える、ほら」

「もうそんな時間かあ」

ホバーバイクは静かに僕らを乗せて、少しの勾配やカーブがある空中車用レーンを進んでいく。レーンは事故があった時や誤ってバイクから転倒落下した時、地面に激突して誰も怪我をしたりしないためのセーフネットで一応守られてはいるが全方位がスケルトンで良く見えるので、僕も最初公道に出た時は怖かった。ケイちゃんが怪我しないように僕は慎重にハンドルを握る。

夕焼けに照らされていたら、なんだか不思議な気持ちになった。こうしてケイちゃんと一緒に帰る時間もあと数年も経てば、いやもしかしたらもっと早く出来なくなってしまうのだろうか。ケイちゃんも進学して、栄えている火星や木星衛星の都市に行ったりするのかな。そう考えると少し、寂しい。

「……ねえ、ロクちゃんはさ……進路決まってるの」

「ん? 僕は……父さんが公務員だから、多分僕も公務員になって地球で就職する……大学は行くと思うけど、実家のこともあるから、たぶん太陽系外の大学に出ても帰って来るかな……」

「そっかあ……ちゃんと将来のこと考えていて偉いなあ……」

「ケイちゃんは? 将来どうする?」

「私は……その……えっと……結婚とかはしたいなって思ってるけど」

「火星とか木星とかで?」

「え? えっと、そこまでは考えてないけど……どうして?」

「いや、俺たちずっとなんていうか、幼馴染じゃん、と思って……」

「……そうだね」

ふとケイちゃんがぎゅっと、頭まで僕の背中にくっつけた。僕はすごくドキドキしていた。でもよそ見もできない。もどかしい。空に広がる夕焼けがとてもきれいだ。どこまでもオレンジ色になっていて、やわらかそうな雲とか、きらめく海とかそういうものを僕はいつも良いなと思うのだけれど、それよりケイちゃん方が今の僕には大切だと強く感じる。でも恥ずかしいから、この鼓動がケイちゃんに伝わらないことを願う。

21世紀の人たちは、結局は愛が大事なんだよね、だけど愛の言葉ってなかなか口に出せないんだよね、困るね。っていろんな形で何度も何度も歌っていたけれど、その意味が解って気がした。僕も今、ケイちゃんにどれだけ言葉を尽くしてもどんな言葉を使ってもこの感情を正しく伝えられる気がしない。

「ロクちゃん……あのさ……」

「うん?」

「大人になって、公務員とかになっちゃっても、あたしのこと忘れないでいてくれる…?」

「そんなことにはならないよ」

「え……?」

「ケイちゃんのこと忘れるなんて、絶対ない」

「……よかった。」

最近、ケイちゃんが抱えている不安とかそういうものについて僕は知らない。だけど僕はケイちゃんの力になりたい。それに、このきれいな景色の中をケイちゃんと走ったことはきっと一生忘れない。おじいちゃんになっても覚えてる。この景色は永遠なんだ。そう思った。

3

そうして僕はケイちゃんを家に送り届けた。僕とケイちゃんの家は高台にあって、たまたま近くに家があったから、僕らは幼馴染になったのだ。

「じゃあ、また……」

「……うん」

「……今日はありがとう」

「……うん」

そうして僕らがバイクを降りようとした、その時だった。ケイちゃんの家から彼女のお母さんと、なぜか僕の母さんが出てきたではないか

「え、母さん!?」

「ママ!」

うちの母さんは腕を組んでいて、ケイちゃんの母さんはほっとしていた。

「ロク! どうしてすぐにお母さんに電話しなかったの!」

「ええ!? だ、だって! 母さん月末は忙しいって言ってたじゃん! それに電話するといつも怒るし!」

「それはアンタがいつも忘れ物持ってきてとか、変な電話するからでしょ! 佐伯くんからアンタとケイちゃんが二人乗りしてるって電話かかって来てお母さんがどれだけ」

「まあまあ、落ち着きましょうよ」

そこで、いつもやさしくておっとりしているケイちゃんのお母さんが助け舟を出してくれた

「とにかく二人が無事でよかったわ。もうとっても心配してたんだから。二人乗りは危ないからしちゃだめよ?」

僕らはいそいそとホバーバイクから降車した

「ごめんなさい、ママ……ところで佐伯さんって誰……?」

「いつもロクちゃんが寄ってるバーのマスターよ~」

はええ、マスターって佐伯さんっていう名前だったのかあ。そう感心していると、母さんはさらにムッとして怒り出す

「もう本当に、アンタって子はいつもぼーっとしてるんだから!」

「あ、そうだ母さん、マスターからなんか預かってるけど」

「なにを……え!?」

僕はそういえばそうだった、とポケットから種の入った袋を取り出して、母さんに渡した。母さんはそれをまじまじと眺め、そして深く肩を落とす。そしてうーっと言いながら背を向けて種を観察し始めてしまった

「ロクちゃんのお母さん、どうしちゃったの?」

「あらあら、知らなかった? 佐伯さんは植物にとっても詳しいのよ。むかし、すぐそこの農場の専門職についていてね。だけど静かに暮らしたいって言って、突然あのバーを始めたの。でもまだお花は好きで、育ててるみたい。ふふふ……きっとあの種は佐伯さんからロクちゃんのママへのプレゼントよ。ほんとに回りくどいんだから」

「そうだったんですか」僕は驚いた「えっ、じゃあ、おじいちゃんたちが言っていた伝説の植物マスターって、マスターのことだったのか……実在したんだ」

「そうそう。詳しくてねえ。ここらの人は植物のことで困ると、みんな佐伯さんに聞いてたわ。あの頃はそれはそれは二人とも血気盛んでねえ、ロクちゃんのママを巡ってロクちゃんのパパと佐伯さんの激しい恋のさや当てがあってね♡」

母さんが顔を真っ赤にして振り返る

「ちょ、ちょっとナツさん! それ以上はやめてくださいっ!」

な、なるほど、そんなことが……それでマスターは僕らのことを心配して母さんに連絡してくれたのか。全部知られていたのだと思うとちょっと恥ずかしいな……僕は少し赤面してしまった。

「まあ、二人とも無事でよかった……うちのロクが面倒かけてごめんね、ケイちゃん」

「いえ、大丈夫です。こちらこそご心配おかけしました」

「いいのよ、ほんとにありがとね。ロクも配達ありがとう。でもあまり……その……佐伯さんに迷惑かけるんじゃないわよ」

「お、おっけー」

「おっけーじゃないわよ……本当にこの子は……」

そうして、僕とケイちゃんと母さんたちはさよならをして、それぞれの家に戻った。それから僕は服を着替えて、母さんがマスターこと佐伯さんにお礼の連絡するのを盗み見た。なんとも言えない、とても複雑な気持ちになる。ホバーバイクは明日レッカーを依頼する事になって、ようやく二人で夕飯を食べた。

その後僕は居間で母さんとお茶を飲みながら宿題を片付けた。風呂に入って今日のことを思い出し、少し考えごとをした。その後居間でアイスを食べながら、一通のメールを送るか送るまいかで延々と迷う。それはケイちゃんに、また一緒にスクーリングとかしない? と誘う文章だった。

「どうしたのロク? 百面相して」

天気予報を見ていた母さんが面白そうに僕を見ている

「ええ、そ……なんでもないよ」

「ケイちゃんとは、もうスクーリングとか一緒に行かないの?」

その言葉にうっ、と表情筋が固まってしまった。お母さんは僕の顔を見つめ、しばしどこかに思考を揺らめかせていたようだったが、ふと表情を緩ませた

「あんたの好きにすればいいのよ」

「う……。あのさあ、母さん」

「なに?」

「母さんはどうして父さんを選んだの?」

母さんはびっくりして目を見開いて、え、えーと……と目を泳がせ、しばらく答えに迷っていたが、やがて肩をすくめた。

「そうね……最後に残るのは、いつの時代も愛なの……アンタも大人になればわかるわよ」

愛、愛かあ……。大事なのは愛、最後に残るのは愛……。

僕は意を決して、メールをポチっと送信した。

数日後の朝、僕は修理から戻って来たホバーバイクにまたがっていた。

エンジンの調子はすっかり良くなったけど、乗れるのは長くて高校御卒業までですね~、と修理の人に言われた。大切に乗ろうと思う。

今日も今日とて、スクーリングだ。空は綺麗な快晴、やれやれ暑くなりそうだ。バイクの上で伸びていると、ケイちゃんが家から出てきた。

僕らは顔を見合わせた。ケイちゃんも自分のホバーバイクを引っ張り出してきて、エンジンを入れた。

「よし……行こうか」

「うん」

あれから、メールを送り合って少し距離が縮まった僕らは一緒に登校することになった。二人して公道を、海沿いのレーンを走り、学校に向かう。僕らはどうでもいいこと、なんか新発売のコーヒーのCMについてとかそういう……どうでもいいことについて語り合う。なんだかそれだけのことがとても大切なことのように感じた。

その日は半日授業だった。暑すぎるから部活もなしですよと言われ、ケイちゃんはため息をついていた。夏はこういうところがあるから仕方ない。

放課後、僕らは自然に一緒になった。からかう奴はいない。地球の過疎化でクラスメイトも少ないし、みんなそれぞれ自分のことで忙しいし。そうして二人でホバーバイクで誰も居ない公道を流し、あーお腹すいたーとうめく。ふと、隣を走っていたケイちゃんが言った

「ねえ、マスターの所にファンタム買いに行かない?」

「いいけど、ケイちゃんファンタム好きだったっけ?」

「なんだか飲みたい気分なの」

ヘルメットからはみ出した、ケイちゃんの綺麗な髪の毛が揺れている。夏の日差しにキラキラと輝いている。早く~、と言われて、僕はそれを追いかけて、彼女と一緒に飛んで行った。なんだが、特別な夏が始まる気がした。

さわやかな風が吹いている。