『踊るよ。』chapter.1 -02

02.誘拐

  暴漢に変な薬を噴霧されてから、ずっと気を失っていたらしい。それに気づいたのは耳をつんざくようながなり声と声援によって目を覚まされてからだった。混乱する間もなく頭にかぶせられていた袋をとられた。光に目がくらんだ。赤い照明がまぶしいほど光っていた。頭痛を感じる。現実感のない光の渦の中できつく体に食い込むロープとスーツに食い込む椅子の痛みだけが妙にリアルで胃が焼き付き、一瞬吐き気がして戻しそうになる。
 ここはどこだ? やけに騒がしい。パーティー会場か何かか……? と周囲を見回したら、場所の見当はすぐについた。ついているどころかさっきから僕をさらった連中はご丁寧に所属する自身らの団体の名を連呼していた。

「我々は創作者集団 【 創作団 】である! 我々は全ての創作者の味方! 真の創作者集団! 人間の叡智を集め、ありとあらゆる超越的存在・指導者・AIを超える者である!」
特攻服みたいな珍妙な服を着た男が明りに照らされた倉庫の中、舞台の上に立ち、拡声器を手に大声で叫んでいた。そんな男の言葉に、舞台の下にいる彼と同じような服を着た集団が呼応し熱気と共に大声を上げる。彼らの名前には心当たりがあった。過激派創作者集団【 創作団 】だったか。創作行為と称しありとあらゆる過激な迷惑行為を行う芸術家版暴走族ってやつだ。

「創作者を崇めよ! 創作者を崇めよ!」
「創作者こそが英雄! 創作者こそが至高! 創作こそ真の人間的探究である! 創作を守れ! 創作を破壊させるな!」
「創作者を崇めよ! 創作者を崇めよ!」
「創作者を崇めよ! 諸兄、この男を知っているか! 巨悪コングロマリット、マンジカンパニーの会長の愚息『羽冠光』である! 我々は同士という多大すぎる犠牲を払いこの男を捕獲した! 世界の巨悪マンジカンパニーに今こそ目にもの見せる時だ!」
うおおおおおおおお!! と上がる歓声。
 僕のしばりつけられた椅子の周囲に釘バットを持った、どう見ても創作者には見えない巨漢たちが二人近づいてくる。【 創作団 】たちはヒートアップし、狂ったような歓声を上げる。
「粛清開始だぁあああ!!!!」
男の号令と共に、釘バットが巨漢たちによって僕に振り下ろされる。
 轟音と歓声。あたり一面に埃が立つ。
 だが、壊れたのは空になった椅子だけだった。

 僕は縄を解き身体からふりほどいて、椅子から脱出していた。
 こんなことのために辛い特訓を受けたのか? 
 
 ……ばかばかしい。
 もう、
 本当に、
 アホくさい……!

 僕は釘バッドの巨漢たちを無視して創作者集団の親玉の方にツカツカと歩んでいく。親玉は何が起こったのかわからないという顔で僕を見つめている。まあそうだよね。皆そういう顔するんだ。見た目で僕を舐めてるからな。
 僕は創作団の親玉の持っていた拡声器のマイクを奪い取り口元に持っていく。怒号が遠のいていき、いつしかしん……と鎮まった。

「言いたいことがあるなら言えよ。」

僕は創作団の親玉を睨みながら、拡声器のマイクをその手に投げ戻してやった。
 ……団長!! 団長!! という声がぽつりぽつりと舞台から響き渡る。団長に何か言ってやれと言いたいのだろう。認めるよ、勇気のある連中だ。
 団長と呼ばれた親玉の男はぐっと歯ぎしりしマイクに口を当て、僕に仕掛けて来た。
「俺たちは……マンジカンパニーが開発したAIや執筆ボットのせいで職を奪われ、未来を奪われ、趣味を馬鹿にされた。そして、職を奪われた……! 俺たちは怒っている……俺たちは、怒っているんだ! 昨日、また一つ大手創作小説投稿サイト「よみかき!」が、俺たちの楽園が、また一つの発表の場が、AI被害によって閉鎖された! 俺たちには怒る権利がある! 俺たちには正当な権利がある! 俺たちの未来を返せ! 仕事を返せ! 俺たちの心を返せ!! 俺たちの創作を返せ!!」
創作団の団長、渾身の演説に歓声が上がる。そうだそうだと足踏みが鳴り、大騒ぎになった。創作団の団長は両手を上げ歓声にこたえた。まるで、サッカーの試合に勝利したみたいに。
 僕の方は冷めていた。あまりに価値観が合わないと、怒りも何も湧かなくなるようだ。連中が熱くなっているその創作とやらのすばらしさの欠片でも僕が理解できればよかったのに。僕は連中の喋ってることをたいして聞くこともせずただ、赤い光がチラチラしていて、地下施設らしいこの基地の中にはホコリが舞ってる、その物珍しい光景を眺めていた。
 僕はため息をついた。深いため息。創作団の団長が振り上げていた手から拡声器のマイクをひったくる。

「ちょっといいかな? 素人の質問で恐縮なんだけど。」
ビクッとした奴が多かったのを、この言葉の意味が解らないやつもいるらしいであろうことも、僕は見逃さなかった。僕はその隙間に言葉をねじ込んだ。

「あなたたちはさっき、作家たちがAIや執筆ボットによって職を奪われたと言っていたけど、この根拠は何なの? ちょっと調べればわかることだけど、あんた達が言ってたその大手の小説投稿サイト「よみかき!」に投稿されている小説は、僕が出版社でしている業務の範疇の中で知る限りでは大体200万件以上あった。だけどそのうち『編集者に目をかけられて』実際に書籍化に至ったのは5000件にも満たなかったはずだ。これは全体の0.25%、1%にもみたない数字だ。」

 はあ……? という創作団の団長の間抜けな顔を凝視しながら僕は続ける。

「……で、あのサイトで編集者の御眼鏡にかなって書籍化に至った1%の作品のうち、小説が継続的に売れて、専業小説家として継続的に仕事を続けられている人はもっと少なかった。アニメ化した作品になるともっと減っていく。アニメ作品の一年間での制作のピーク数の350本の年からどんどん衰退しているけれど、そのうち「よみかき!」等で主流の小説原作からアニメ化された作品はこの20年の歴史の中で120本しかなかった。そのうち安定した人気があるとされるケースを抽出してみると、例えば2期までアニメが制作される程人気になった作品は4作品しかない。どれだけの作家たちがうちの会社が開発したAIに職を奪われたのかってあなたたちは叫んでいたけれど、元々AIや執筆ボットによって奪われる仕事とか、あなたたちの理想って、実はたった4件。本物の才能による奇跡みたいなレアケースしかないんだよ。」

 全員、驚愕の顔をしていた。そんなこと、少し調べたらわかるはずなのに……僕は虚無感と虚脱感を覚える。

「それから、僕が本社から出版社に出向しているからわかることなんだけれど、「よみかき!」系小説以外にも、書く仕事って沢山あるんだよ。小説に限らずとも文字を書くことを仕事にしている人も沢山いるんだよ。そういう人たちの中にはAIを自分の表現に直接かかわらない程度に抑えて活用している人たちもたくさんいる。そういう人たちは多方面にアンテナを張って使えるものは全部使って仕事を取って来る。ただ投稿サイトに投稿しただけで小説家になって、すごく売れるなんて現実は、さっき言った通り無いと思っていい。それはAIが生まれつ前でも後でも変わらないのは数字が示した通りだ。むしろ、「よみかき!」が生まれたせいで箸にも棒にも掛からないような駄作にも程がある小説原作アニメが増えたなんて話もあるし、それは事実だと僕は思う。そもそも、小説って出版することがゴールではないし、小説家を名乗るなら小説を書いて稼ぎ続けなければいけないと僕は思うんだけど、君たちはどう思う? AIだろうがウェブサイトだろうが、要するに物と機会は使いようで、チャンスもやりたいことも、本来は自分でつかみ取るものってことだ。あんたたちがするべきことはここで集団暴走することじゃなくて前向きに書き続けることなんじゃないのかい。」

 創作団の連中たちは、……黙りこくってしまった。

「……こいつを……」創作団の団長がだしぬけに言った。「こいつを処刑しろ。」
ドタバタと足音が聞こえてくる。袖口が騒がしい。図体のでかい連中が僕の方へ、やっとこさ床から引き抜いた釘バットを持って走って来る。釘バットが、僕の脳天にふりかざされる。しかしすんでの所で、
「ヤァーッ!!」
袖口から走り込んできたボディーガードの一人、ワン・イーファンのヒール付きカンフーキックが男の肩に炸裂した。
 イーファンのカンフーキックとパンチとトンファー遣いにより、取り巻きは吹っ飛びけちょんけちょんにやられてしまった。僕は遅れてやってきたカンパニーのボディガードと警察関係の人間たちにとり囲まれた。人質確保―!! という大声が響き、それから……また大騒ぎが始まった。

つづく

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