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03.夢のおわり
藻草さんは軽トラックを駐車場に止め、国立公園のベンチに静かに座って僕を待ってくれていた。僕が歩いていくと足音で気づいたのか、彼もこちらへやってくる。
僕の手に持っている原稿を認めると、何かをぐっと飲み込んだような顔した。
そんな顔をさせたくて書いたわけじゃなかった。
それでも。
「藻草さん。」
強く読んだはずだったのに僕の声は、いつもよりますます頼りなくて、震えていた。
「僕ね……僕、頑張ったんです……。」
原稿が風にふかれて、バタバタ揺れる。
「……だけど、僕には、書けない。……書けませんでした……、ごめんなさい。」
僕は彼に頭を下げた。
「ご迷惑おかけして、すみませんでした。」
それは、何者かになろうとしても、何にもなれなかった僕の、正しき敗北宣言だった。
「ちゃんと最後まで書き上げました。だけど、どうしても駄作にしか思えません。実際面白くないと思う。……ぼく、僕は、結局父さんに認められたかったんだと思う。……だから、ワガママをたくさん言って、勝手を言いました……だけど、もう出来ません。続けられません。こんなことしたくありません……ごめんなさい。」
藻草さんは静かに聞いてくれていた。
「けど、だけど、僕は諦めたくない……。」
僕は震えていた。
「僕はもう、諦めたくないんです……!」
やがて、彼は顔を上げてくださいと僕に告げた。
「原稿、見せてください。」
え、と思わず顔を上げると彼は微笑んでいた。優しい微笑みだった。
「あなたの原稿が見たいです。私のためとか、関係なく……あなたの挑戦した結果が見たいんです。」
……うれしい。
…うれしい。
うれしいな。
僕は、自分のレポート用紙の束に書かれた原稿『-I will dance for you.-』を、藻草さんに差し出した。
突然、風が舞った。
手にすごい衝撃、脊髄反射で原稿から手を離す。
原稿。その紙の束は木っ端微塵になって、空宙を舞う
地面がえぐれて土煙が舞う。
ターン…、と、音が遅れて聞こえてきた。
「……あ……、」
声が出せなかった。
藻草さんも固まっていた。
原稿はばらばらになって風に舞い上がり、強風に巻かれて散り散りになってしまっていた。
まさか……ライフル弾……?!
ザリ、と靴音がした。バッと振り返ると、いつのまにか父さんが立っていた。
「父さん……?!」
「うちのスナイパーが……指をすべらせてね……。」
「……!!」
僕はもうなんだかよくわからない感情で怒鳴りそうになった。しかしすぐに、僕は、父さんのしたいことに気づいた。
そうか、そうなんだな……。
「……父さんなら……きっとそうするよね。」
僕が思ったままを口にしたその言葉は父さんの逆鱗に触れた。
気づいたら頬に衝撃が走っていて、ひどい痛みとともに僕は地面に倒れていた。
「お前に何がわかる!」
父さんは僕の襟首を掴んで持ち上げ、また腕を振り上げる
「物語なんて必要ない!!」
「違う!!」
ぼくは言い返した
「夢を見ずには生きていけない!! 父さんだってそうだったはずだ!!」
僕は叫び、父さんの手を振りほどいて地面にぐしゃりと落ちる。
「父さんだって、藻草さんと夢を見たはずだ! 楽しかったはずだ!」
「おまえに何が!」
「僕には何もわからないよ! だけどちゃんとわかりたいんだ! みんなのことも、父さんのことだって!」
父さんは口をわななかせる。
「だけど、わからなかった……すきになりたかったんだ……。」
「意味のわからないことを言うな!」
さらに雷が落ちる前に誰かが僕と父さんの間に立ちはだかった。
藻草さんだった。
「静さん……光さんも、もうやめましょう。」
「やめようって、」
「もう……やめにしましょう。」
彼はそっと、父さんの腕を降ろさせる。
「あなたは昔、私に、口癖のように言ってくれましたよね……『夢を持とう。』って……。あの頃私は食べるものにも勉強にも不自由していた、書くことしか出来ない子どもでした。だけどあなただけ笑わなかった。『夢を持とう。君の書く物語には夢があるから。』って、あなたは言ってくれた……。」
父さんは、何も言えない。
「私はあなたの言葉に勇気をもらいました。だから賞にも挑戦したんです……楽しかった……私きっと……あなたが好きでした。」
父さんは大切なことを思い出した、そんな表情で呆然としてしまう。
藻草さんはそんな父さんに背を向け、しゃがんで僕を抱き起こし、僕の顔の傷からそっと砂を払い除けてくれた。
「私も、逃げ出したんです。社会とか責任とか、期待とか文壇とかそういうところから……だから、あなたに何も言う権利はないです。けれど、私はきっと……あなたと過ごした日々が、好きでした……。」
藻草さんは僕を抱きしめてくれた。強く強く、抱きしめた。藻草さんは暖かかった。
僕はふと死にたくなった。だけど、きっと一番つらいのは父さんだろう。
目からふいに涙が出てきてもうそれをとめられなかった。
肩越しに父さんがうなだれているのが見えた。
結局、誰も報われなかった。
つづく
