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01.ライトノベル
それから、夕食後に僕らは、こっそりと僕の部屋に集まった。メンバーは僕とクリス氏とサツキさんだ。
「なんだい、こんなもの持ってこさせて……。じいちゃんに見せないでくれよ。一応遠慮して読んでたんだからさ……。」
そう言いながらクリス氏は、そっとその小説を取り出した。
これは所謂……ライトノベルってやつだ……。僕は神妙にそれを受け取る。
「堂々としてればいいのに。好きなんでしょ? おっぱいのこう、大きな、」
「違うの! 違うけどッ、違わないけど違うのッ~! デッかいのに越したことはないだけで、デッ……~!!」
悶絶しているクリス氏の隣で、僕はしげしげとそのライトノベルとやらの表紙を見つめた。
僕は漫画とかアニメをあまり見たりしたことは無いというか、殆どないけれどこういう絵柄について会社の部下たちが『萌え』だと言っていたことは知っているので知識は持っている。
独特の文化だと思う。しかしこういう作品を愛好する人をからかったり揶揄する文化があることもちゃんと知ってはいる。よみかき! にもこのジャンルが多かったはずだ。だけど実物を読んだことがない。
「落ち着きなよお兄ちゃん。もっと自信もちなよ、きっと彼女なんかすぐ出来るって。」
「◎▲□×?$ω~~~~!!」
表紙の女の子たちは非常に『萌え』だ。男性が主人公のようだが、彼は表紙の中ではまるで添え物のようだ。1枚目をめくると、フルカラーの扉絵が何枚か出て来て、それも非常に萌えであった。学園物ってやつ……? みんな体のラインがくっきり出ている、非常にファンタジックな制服を着ている。うーん、これが よみかき! のライトノベル……。
「クリス氏、これちょっと借りていいかい? 真似したいんだ。」
「さっちゃん! お兄ちゃんは彼女が出来るとかできないとかそういう次元で他人と争ったりはしない主義なのですよ! 私は町の住民の皆さま全員の至上の幸福を追求してですねえ! こういう世界もあるのだと勉強をしておりましてですねえ? 私は決して自分のオタク的楽しみのためだけにこういった書籍を読んでいたわけではないないでありますよ!」
「でもこないだアニメも見てたじゃん?」
「何で知ってるの?!」
「あの、これ借りていい?」
「女の子がこう、いっぱい出て来て、制服がぱっつんぱっつんですごいやつでしょ? それをニヤニヤしながら見てたじゃない?」
「ニヤニヤしてないもん!」
「ちょっとぉ、聞いてる?」
そこで、部屋の扉がバァーン! とまた開かれた。あぁ、壁がボロボロになる……海野先生が怒鳴り込んできた。
「うるさいですよ二人とも、夜は静かになさい……!」
「おじいちゃんはおっぱい好き?」
サツキさんの火の玉ストレートな質問にクリス氏は憤死しそうになってしまう。
「サツキちゃん?!」
「好きでも嫌いでもないですけど……、」
「ちょっと~!! そういうの聞きたくないからぁ!!」
ふーんとうなずいてサツキさんは僕の方を向いた。
「だってさ!」
え? どういうこと? 今度はこっちが混乱する番であるが、サツキさんは屈託なく笑う。
「参考になってよかったわね。」
「はあ、参考? 三人で何の話をしてたんです?」
怪訝そうな顔の海野先生の前で、僕はもう笑うしかなかった。
「あーでも、どちらかというと背中の方が好きかも。」
どっちだよとツッコミながら、クリス氏はげんなりしていた。
それから、2人は僕の蟄居する部屋から引っ張り出されていった。静かになった部屋で僕は今日クリス氏に町で買ってきてもらったエナドリをあける。
「なんだこの、エナドリってやつ……! すごくまずいじゃないか……!」
もう一口飲んでみる。やっぱりまずい。うーん……まずい! しみじみとまずい。
トントンと、今度は礼儀正しいノックの音が響く。
「どうぞ。」
「失礼いたします。私です。」イーファンが礼儀正しく入ってきた。
「先ほどは随分楽しそうなご様子でしたが。」
僕は、うーん、まずいなあ……と思いながらまたエナドリをひとくち飲む。
「海野先生は背中の方が好きらしい……。」
「なんですって?」
「あ、それって背中から見える後ろ側も好き……ってこと?! 両方見えてお得ってこと?!」
「大丈夫ですか? 頭ですよ?」
「イーファン……キレッキレだね。」
「光さんもたった一日で随分陽気になられましたね。」
僕らは一瞬バチバチになり、しかしすぐにアホくさくなって、はあ……と深いため息をつく。ここにきてもう明日で3日だ。という現実がのしかかって来る。とりあえずエナドリを一口飲む。
「君だけで帰っていいんだよ、君ずっと都心育ちなんだし……僕に付き合ってくれる必要もないよ。」
「私が居なくなったら誰が光さんを守るのですか。」
ああ、そっかあ。……ありがとね。と口の中で小さく言ってから、僕はエナドリを一口飲む。イーファンにも一本どうだい? とジェスチャーで勧めたが、あっさりと断られてしまう。
「父さんは本当に何のつもりなんだろう……あの人のことだからもしかしたら3日くらいしたら飽きて、勝手に迎えによこすかもとも思ったんだけれども、今回はなんかこう、根深いのかなあ?」
「……さあ、私にはわかりません。」
「まあ僕も自分の目的を達成するまで父さんの言う事なんか聞いてやる気ないけどね。」
「……そう、ですか……。そういえば進捗はどうですか?」
僕は懐から、スッと例のライトノベルを取り出す。イーファンがすごい顔をする。そうだろうそうだろう。うむうむと頷く。
「ナイスアイデアでしょ。」
「……それをご参考にするおつもりで?」
「うん。でも見て、この本文がね、なかなか曲者なんだ。マネするのが難しいんだ。」
イーファンが静かに寄って来て、僕のノートパソコンをのぞき込む。
「海野先生は背中が好きなんだって!」
彼女は静かに離れていった。
「……とにかくあまり夜更かしや無理をされませんよう。ここでは私もすぐに飛んでこられるかわからないのですから。あとジュースを飲んだらちゃんと歯を磨いてくださいね。」
「わかってるよ。僕の優秀さを遺憾なく発揮してみせるから楽しみにしてて。」
イーファンは、はあ……。と言いながら部屋を去っていった。なんだか頭らへんが痛そうだったけど大丈夫だろうか。
つづく
