『踊るよ。』chapter.2 -02

02.海野家

 

 それから、僕らの乗った軽トラックは走って、走って、荒野の道路をひたすらに進み続けた。
 青くて嫌になるほど広い空の下、道路の白線は目下で永遠とも思える距離を流れていく。僕はでもまったくもって遅い速度で遠のいていく雲と巨大な赤茶けた石群を、その巨大さを味わいながら、遠くにそれを眺めつつ膝をかかえただ只管不安と疲労に耐えているしかなかった。
 ふと目をやると、大きな湖が見えた。驚いた。荒野に突然湖が出現したことにも、荒野に見合わないくらい、その湖が美しいことにも。それは、空を移した水鏡だった。
「うわ……すごい……。」
「気に入った?」
「うん……、」
 サツキさんは僕のつぶやきに気を良くしたのか、解説をしてくれた。
「ここ、シックザールははじめ、鉱山が見つかって出来た名もなき入植者たちの村だったの。昔は銅鉱石が採れて有名だったらしいのだけれどそれも枯れてしまった。だけどその後、奇麗な宝石が産出されることがわかったの。それが、シックザールという宝石で、そのまま村の名前になった。この湖も青い色が強く見える辺りがあって、その辺りは銅がまだ結構堆積してるらしいわ。」
「じゃあ、あの山の上の装置は鉱山の名残だったんだね。」
「そうよ。まあ、もうその宝石も枯れちゃったんだけどね。ああ、町が見えて来たわね。もうすぐよ。」
 町……? どこだろう?
 そんなことを考えていると、岩々と荒野と砂礫の合間に、きっちりと区画で区切られた小さな町が見えた。その街は日光の蓄熱を避けるためなのか白めの建物が多くてぼんやりと輝いているようだった。異国……世界の果て。そんな言葉が脳裏をめぐる。

 僕らを乗せた軽トラックは道をそれ、シックザールの町には入らずに、小高い丘、湖のほとりにたどり着いた。高台のがけっぷちに少し木と緑地があって、何かと思ったら家が建っている。そんなような場所だった。
 まあ、見る限りはちゃんとした家、少なくとも人は住めそうな感じだった。
 イーファンが先に荷台から降り、僕を下ろしてくれた。僕はもう足がへなへなとしてしまっていた。ふと色々な事への現実味が戻って来て、身体がガクガクする。悪いと思いながらもイーファンにしがみついてしまう。そんな僕らの傍でサツキさんがテキパキと僕らのスーツケースをおろしてくれる。
「うち土禁だから靴脱いでスーツケースの足も拭いてね。」
「う……うん……。」
僕は息切れしながら荷物はイーファンに任せ、家の入口の方にふらふらと歩いていく。広大な敷地に建てられた、立派な自分の実家を見慣れている僕からするととても小さく頼りなく見える。けれど、どこかほっとするような……。
「……なんていうか……素朴な家ですね。」
「どういう意味よ!」
「クリスが帰って来てるはずだから雑巾を持ってきてもらおう。おーい!」
 クリスって誰……? 
 家の中からパタパタと廊下をかけてくる音がした。若い男が海野先生の家から飛び出すように出て来る。ガタイのいい、如何にも肝が据わってそうな風体だが、服装が妙に奇抜だった。よくネットの広告で出てくるような個性的なブランドのファッションがあるだろう。ああいう感じをもっと中世っぽく古めかしくした感じだ。
 彼は水入りのバケツと雑巾とタオルを何枚か手に持っていた。僕らをじろりと見るとすぐにこっちにきてと指示を飛ばし、イーファンにスーツケースの足を拭くように頼むと、僕の体、特にスーツについた埃をタオルでベシバシと容赦なく落とし始める。
「な、何するの、」
「家じゅう埃だらけになるから。ちょっと我慢してください。ほらそこのお姉さんも。」
「あなたは?」
「……海野クリスです。そこの女性、サツキの兄です。」
は、はあ……お兄さん……そうなんですか……。そんなことを考えてる合間にさっさと埃をひとしきりはたき落とされ、僕らはようやく家の中に入ることを許可されたのだった。

 よく磨かれ、掃除の行き届いた、けれどどこか古めかしい家。なんとなく大学の時に旅行で行った寒い地方のペンションを思い出す。ぼんやりと二階へ続く階段の踊り場の方にあるステンドグラス風のはめこみ窓を見ていたら、後ろから追われるように進まされ、テキパキと2階へ案内される。
「お客さんが来るのは良いんだけど急なことでうちも困っててね。2人で来るってわからなかったからまだ部屋を2人分きちんと用意できてないんだ。今、ほとんど倉庫にしてしまっているんだよ。今片づけてるから、悪いんだけどちらか1人はしばらく私か妹の部屋で過ごしてもらわないといけない。」
「……僕はイーファンと一緒でもいいよ?」
「え?」
びっくりする彼に、慌ててイーファンが言った。
「妹さんって、サツキさんのことですか? 私、良ければ妹さんのお部屋を間借りしたいです。それから、お掃除でも何でも手伝いますわ。」
僕はようやく自分の非常識発言に気づき修正しようとするが、クリス氏がとっさにフォローしてくれた。
「あ、ああ、わかった。じゃあ妹に伝えておこう。彼の荷物だけここに置いておけばいいね。」
そう言うと彼は階下に向かって声を張り上げる
「サッちゃーん! 荷物入れるから部屋はいるよ!!」
しばらくして階下から声が返ってきた。
「いいよー!」
「妹のことサッちゃんって呼んでるの?」
「わ……悪いか?」
「いや、なんかいいなって……僕もサッちゃんって呼んでいい?」
階下から「それはだめ!」と大声が飛んできた。びっくりしていると彼は苦笑いをした。
「妹は地獄耳なんだ。」

つづく

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