top
04.世界の果てへ
それから。
丁重に制圧され、拘束された僕とイーファンは、それから適当にまとめた荷物を使用人に渡されてヘリコプターに載せられた。散々空を飛行した挙句、放り降ろされたのはどこぞともわからない荒野の真上。どこかもわからない地の果てみたいな所だった。ビルなんか、いや建物すら1つも見えない。見渡す限り長々と続く、枯れかけのまっすぐな道路しかない。空気は乾いていて、砂臭かった。頼りない太陽が空を照らしていて遠くに連なる山々が見えた。あれは……鉱山の施設の廃墟だろうか。ずいぶん昔に見学に行った鉱石の掘削施設に似ている。吹きっ晒しの中乾いた風が吹いて僕らを揺らした。ヘリコプターはそんなところに僕らを取り残したまま行ってしまった。
ああ、やってしまった。しかし時すでに遅し、だ。
「ごめん。」謝る相手はもう1人しかいなかった。「僕のせいで迷惑かけたね……。」
「申し訳ございません……私が、もっとしっかりしていれば……。」
いいんだ。と慇懃に頭を下げようとするイーファンを僕は制した。スマホを見たが、電波が無かった。こんな場所に基地局なんてある必要性も無いんだろう。
「ここで話してても解決するわけじゃないから、ちょっと歩こうか……あっちに標識みたいなものが見えるから……ガソリンスタンドくらいはあるかも……。」
「……そうですね。」
僕らはスーツケースを持ちながらとぼとぼと道路に出た。ガタガタした古そうなその長い道は遠く、山々の向こう。地の果てまで続いているように見える。時折黄色い砂埃が舞ってせき込みそうになった。
けれど、都会のあそこで暮らすよりはずっといい場所に行ける……行けるのかな。
わからない。
わかんなくなっちゃった。
どうして父さんにあんなこと言っちゃったんだろう。ああ、自己矛盾、自己批判。
「私が……もっと……、」
「僕は君を心から信頼しているよ。」
心無い言葉に隣で、イーファンが明らかに傷ついたのがわかった。
ごめん、そんなつもりじゃない。
と言おうとして、しょうもないプライドが口を閉ざさせる。
果てしなく何もない砂礫と荒れた大地。赤茶けた色だけが只管広がっている。
僕はぼんやりと思い出す。
ねえ、イーファン。君は忘れてしまったかもしれないけれど小さなころ僕に打ち明けてくれたことがあったよね。『私の息子を一生かけて守ると約束するなら、お前をここから救い出してやろう。』って、父さんに言われたって……。
あのとき、僕は本当に自分をぶん殴ってやりたくなったんだ。
インターネットがつながる場所にたどり着いたら、イーファンのことだけは自由にしてやってくれと父さんに言おうと思った。僕はその辺でくたばってもいい……。
もういい。ただ静かに暮らしたい。穏やかで苦痛のない凡庸な生活がしたい……怒りのない一生を送りたい……。そんな生活がほしい……。
もう沢山だ。
もう社会とか立場とか現実に立ち向かいたくない。
スーツケースを引きずって道路を歩きながら、かっちりしたスーツの僕らはこの地の果てのような景色に酷く不釣り合いに思った。だけどそんなドレスコードなんてもうどうでも良い気もした。きっと、あそこよりはよい場所にたどり着ける。そんな後ろ向きに前向きな気持ちがある。
道路、長い長い道路。標識さえ無い。ここがどこなのかもわかりゃしない。空気は乾いていて、砂が唇が張り付くようだった。空に見えるのは青い、青い空と、なんだか頼りない太陽。遠くに連なる山々が見えるけれどかすんでいる。あれはやっぱり鉱山の施設の廃墟だろうな……。本当にそれ以外に情報がない……。
けれど、あの都会、父さんの居る場所よりは……ここの方が、ずっといい。だけどイーファンのことは自由にしてあげてほしい。なぜなら僕が自分で自分を殺しそうになるから。
「光さん……大丈夫ですか……?」
イーファンの方が大丈夫じゃなさそうに見えた。僕は心でイーファンに謝りながら、大丈夫だよと、かすかな笑顔でうなずいた。
ふと、遥か遠くの方から車の音が聞こえた。
「車かな……? なんの音だろう。」
イーファンがすっと目を凝らす。
「あれは、軽トラック……?」
爆音が聞こえてきた。道路の果てからすごい音をさせながら白い車が走って来る。ガソリン車なんてまだあったんだ、しかも軽トラック……。僕たちの住む都会ではとっくに電気自動車が普及しているので町は非常に静かだ。しかしそれは全くスマートでもなく、武骨で白くてちっちゃくて馬力がありそうな感じだった。
「ちょっと……こっちに向かって来てない?」
その通りだった。白い軽トラはものすごい勢いで僕らの方に突っ込んできて、道路上でドリフトして僕らに砂埃をぶっかけながら停車した。反射的に僕を庇ったイーファンが危うくひき肉になるところだった。軽トラの運転手の巧みな運転技術がなければ、おそらくそうなっていただろう。
僕がせき込んでいると運転席から女性がぴょんと降りて来た。女性だと分かったのは土煙の中でも柔軟剤のいい匂いがしたからだ。彼女は、GSと書かれたワッペンを胸に貼られた作業着のような仕事用を着用している。重そうな靴の音をズカズカ響かせながら近づいてきた彼女は、僕を下からねめつけるように、至近距離で睨みつけはじめた。何……? 僕、何かした……? 僕は動揺し、慣れないことに背中に大量の汗をかいてしまう、
「はねかんむりひかるって、あなた?」
「羽冠(うかん)さんだよサツキちゃん。」
助手席に座っていたのだろうか。もう一人、年配の方の声がした。髪がツンツンしている初老の男性で、なんだか知的な雰囲気だ。彼はバタンと軽トラの扉を閉めている。深いため息。
「あの苗字、うかんって読むの? 読みづらいなあ。光でいい?」
様子を見ていたイーファンが僕を後ろに庇う。何か気に入らなかったのか、またその女性が僕らをねめつける。
「なにアンタ?」
「この方のボディーガードです。なにか御用でしょうか。」
「ボディーガードですって? ボディガード……やっぱり金持ちじゃん!」
「金持ち……?」
「あら? これもしかして中指たて合う流れ? 悪いけどあたし強いわよ!」
イーファンと女性がにらみ合いになる。メンチを切りはじめた二人を見てヤバいなあと思っているとチョップスタイルで初老の男性が二人の間に割り込んだ。
「はいはい、両名とも落ち着いて。サツキちゃん、こちらの方はさっき話した人。羽冠会長に依頼されて、今日からうちにホームステイする羽冠光さんと、ボディーガードのワン・イーファンさん。だと思う。うん、おそらく。で、えーと……こっちはうちの孫のサツキです。海野サツキ。」
全く話についていけない僕はイーファンと顔を見合わせるが、彼女もちゃんとわかっていないらしい。必死に呑み込もうとしたが僕にしては時間がかかった。
「はあ……? なに、父さんの……って、ホームステイなんて、そんな話聞いて無いですが……あなた、父さんのお知り合いで……?」
「知り合い……? ああ、そうなんじゃないですかね。」
「おそらく……? あなた、父さんの何なんですか?」
「……あの人……あなたに本当に何も言ってなかったんですね……、」
どこか諦念を覚えている、寂しそうなその人になんだか僕は妙な何かを覚えた。なんていうかその初老の男性を僕はどこかで見たことがある気がした。ずいぶん昔に……随分暗い……その、どこか陰のある笑みとか……。
「だめだ……なんか思い出せないな……。それで父さんはあなたに何か……頼んだんですか? 僕のことで?」
僕はイーファンの後ろで、しげしげとその男性を観察する。
流石にぶしつけに見過ぎたか。その人は明らかに機嫌が悪くなったようだった。
「あー、なんかこいつ、いけすかないわ? ぶっ飛ばしていいかしら!」
「サツキちゃん、ステイステイ。まあ、同意はするけど……。」
サツキちゃんと言われた女性がまた拳で語ろうとして来るのを、初老の男性が制す。
「なんだかすごい歓待を受けてる気がしますけど……?」
彼はまた僕から目と顔を背けてしまう。まただ……。
「こっちはアタシのおじいちゃん。海野家の藻草おじいちゃんよ。」
海野サツキさんがそういうと、海野家のおじいちゃんとやらは、言わなくてもいいのに……と深いため息をついてしまう……海野家の藻草おじいちゃん……? 海野家の藻草おじいちゃん……?
うみの もぐさ ???
歳は取っていたが、彼は確かに父さんが持っていたあの写真の中の人だった。
つづく
